2026/4/8 100人の民間人が犠牲となった那賀川鉄橋列車爆撃事件


1945年、終戦を目前に控えた夏。徳島県ののどかな風景の中を走る列車が、突如として戦火に包まれました。 

今回は、徳島県阿南市にある「那賀川鉄橋(那賀川列車銃爆撃事件の慰霊碑)」を訪れました。

今もなお鉄道が走り抜けるこの場所で、かつて起きた悲劇の歴史と、平和への願いが込められた現在の光景をお伝えします。


那賀川鉄橋列車爆撃事件とは?

那賀川鉄橋列車爆撃事件は、今から約80年前の1945年(昭和20年)7月30日に発生しました。 当時、徳島駅から牟岐駅へと向かっていた下り列車が、那賀川にかかる鉄橋の上でアメリカ軍機(B-29)による激しい機銃掃射と爆撃を受けました。逃げ場のない橋の上で、罪のない民間人や学生など30名以上が命を落とし、100名以上が負傷したと伝えられています。

1945年7月30日の状況 この日は、徳島県内だけでなく日本各地の地方都市や交通インフラが狙われた日でした。アメリカ軍は「マニフェスト(作戦計画)」に基づき、蒸気機関車を狙うことで日本の輸送能力を完全に奪おうとしていたといわれています。

80年経った今でも残る弾痕や襲撃跡

鉄橋を貫通させるほどの弾痕跡
鉄橋がねじ曲がっていました

堤防に佇む 平和之碑


当時の様子が書かれた石碑が、堤防沿いに立てられていました。

| スポット名 | 那賀川鉄橋 |
| 所在地 | 〒779-1106 徳島県阿南市羽ノ浦町岩脇(那賀川北岸堤防付近) |
| アクセス | JR牟岐線「羽ノ浦駅」から徒歩約20分 / 徳島自動車道「徳島IC」から車で約40分 |
| 拝観時間 | 自由(公共の場所・堤防上のため) |
| 定休日 | なし |

まとめ

今回の訪問を通して、安全安心して暮らせる日常がどれほど贅沢かを改めて感じました。

当時の方々の状況を想像すると、電車に乗って移動している時に逃げ場がない橋の上で

突然、アメリカ軍の爆撃機が襲ってきた時の恐怖を想像すると、胸が痛いです。

当時のまま今も電車が通っている鉄橋を見るとより想像できます。

また、この場所を発見するのに通りすがりの現地の方(50代ぐらいの男性や学生)にお尋ねしたところ、

この場所や事件のことを知る方はいませんでした。

私たちは、こういった事実をしっかりと受け止め、後世に繋いでいく必要があると思います。

徳島に訪れた際は、是非足を運んでみてください。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です